2026.04.27
2026.04.27
【人事・管理職向け】インサイダー取引とは|基礎知識と社員教育のポイント
人材教育
インサイダー取引の防止策を講じることは、上場企業やIPO準備企業の人事・管理職にとって、企業の社会的信用を維持し、従業員のリスクを未然に防ぐための重要なコンプライアンス課題です。 本記事では、実務者が押さえるべきインサイダー取引の定義や判断基準、そして現場で実践すべき社員教育のポイントを解説します。健全な経営環境を維持するための指針としてぜひ参考にしてください。 インサイダー取引の基礎知識|市場の公平性を守るルール インサイダー取引に関する規制は、証券市場の信頼を支える根幹となるルールです。まずは、その基本的な概念と、なぜ厳格に禁止されているのかという背景を整理します。 インサイダー取引とは インサイダー(内部者)取引とは、会社の内部情報を知る立場にある者が、その情報が公にされる前に、その会社の株式等を売買することを指します。 この行為は、金融商品取引法によって厳格に禁止されています。特定の関係者だけが未公表の情報をもとに利益を得る(あるいは損失を回避する)ことは、市場の公平性を損なうためです。誰もが安心して投資できる「健全な市場」を維持することは、資本主義社会における基本的なルールであり、違反者には厳しい罰則が科せられます。 金融商品取引法が定める定義と禁止行為 インサイダー取引の定義は、主に『金融商品取引法』の第166条および第167条に規定されています。 条文 規制の内容 同法第166条 上場会社等の役員、従業員、取引先などの関係者が、職務に関連して知った「重要事実」が公表される前に、その会社の株券等を売買する行為などの禁止。 同法第167条 公開買付者(TOBを行う側)の役員、従業員、取引先などの関係者が、公開買付けの実施または中止に関する情報を知ったうえで、公表前にTOBの対象となる株券等を売買する行為などの禁止。 これらの条文を噛み砕くと、インサイダー取引とは、情報の優位性を悪用して利益を得る、あるいは損失を回避する行為ということになります。 金融商品取引法では、証券市場の「公正」の確保を目的としており、それを根底から揺るがす行為としてインサイダー取引を厳しく取り締まっています。 なぜ「知らなかった」では済まされないのか 実際にインサイダー取引を行い、摘発された際に「法律を知らなかった」「悪気はなかった」という主張は通用しません。法律を知らなかったことは、違法行為が許容される理由にはならないという法原則(=法の不知はこれを許さず)があるためです。 インサイダー取引によって抜け駆け的に利益を得る行為は、市場の公正を著しく害するものです。怪しい売買の動きは金融庁の担当部署によって厳しく監視されており、発覚して取り締まりの対象となる可能性が高いので十分ご注意ください。 規制の対象はどこまで?正しく把握すべき「適用範囲」 インサイダー取引の規制は、上場企業の役職員だけに適用されるものではありません。非上場企業の従業員等であっても、業務を通じて上場会社である他社の重要事実を知り、それを利用して取引を行えば規制の対象となります。 組織を守るために、人事・管理職が正しく把握しておくべき「適用範囲」を整理します。 「会社関係者」の範囲と注意点 金融商品取引法第166条においては、会社関係者によるインサイダー取引について規定しています。ここでいう「会社関係者」は、上場会社の役員や正社員だけを指す言葉ではありません。 会社関係者には、上場会社のアルバイト、パート、派遣社員、さらには取引先などまで広く含まれます。また、会社関係者でなくなった後も、1年間は引き続き規制の対象となる点に注意が必要です。 例えば、自社が非上場のシステム開発会社であっても、取引先である上場企業の大規模な新製品プロジェクトに関わり、その立ち上げが公表される前の段階でその上場会社の株を売買すれば、インサイダー取引に該当する可能性があります。 「第一次情報受領者」と日常生活のリスク 会社関係者から直接情報を聞いた人は「第一次情報受領者」となり、インサイダー取引規制の対象となります。 また、会社関係者が他人に利益を得させ、または損失を回避させる目的をもって、未公表の重要事実を他人に伝達することも金融商品取引法違反となります(=情報伝達規制。同法167条の2)。 日常の業務や生活の中でも、自分が第一次情報受領者になったり、身近な人を第一次情報受領者にしてしまったりする場面があります。例えば、次のような例が挙げられます。 飲み会で、上場企業の知人からプロジェクトの内情を直接聞いた リモートワーク中に家族がいる場所で機密資料を広げたり、スピーカー状態でWeb会議をしたため、家族が重要事実を知った SNSのクローズドな場(鍵アカウントなど)で、不用意に書き込まれた未公表の情報を目にした 第一次情報受領者が知った未公表の重要事実をもとに株式等を売買すれば、会社関係者と同じように処罰されてしまいます。さらに、情報伝達規制に違反して、未公表の重要事実を第一次情報受領者に伝えた者も処罰されます。 「第二次情報受領者」はインサイダー取引規制の対象外 第一次情報受領者からさらに情報を聞いた「また聞き」の人物を「第二次情報受領者」と呼びます。現行法において、第二次情報受領者はインサイダー取引規制の対象外とされています。 ただし第二次情報受領者でも、規制当局から事情聴取を求められる可能性はあります。 M&A(合併・買収)検討時の注意点 M&A情報は株価に極めて大きな影響を与えるため、最も警戒すべき「重要事実」のひとつです。 買収側が相手企業の株を「公表前の安いうちに買っておこう」とする行為や、被買収側が「自社の価値向上を見越して買い増す」行為は、いずれも禁止されています。M&Aを行うという事実を知った担当者が、公表前に取引を行うことは典型的な違反行為です。 正式な発表があるまで、会社関係者は関係する会社の株式等を自ら売買しないこと、および情報の秘匿を徹底して家族や知人に情報を知らせないことに留意しなければなりません。 【実例で学ぶ】インサイダー取引の典型パターン インサイダー取引に関与してしまうリスクは、日常の業務や生活の中にも潜んでいます。ここでは、違反者の立場別の典型的な摘発事例から、注意すべきポイントを確認します。 ケース1:自社の役員による違反(会社関係者) 経営の中枢に近い役員が、自社の資金調達計画を知りながら自ら取引を行ったケースです。 (事例の概要) 自社が「新株予約権付社債」を発行するという重要事実を、自身の職務を通じて知った後、それが公表される前に自己の資金で自社株の売付けを行った。 職務の中で知った未公表の重要事実を利用して利益を得る(あるいは損失を回避する)ことは、市場の公平性を損なう重大な違反です。 ケース2:取引先の従業員による違反(会社関係者) 重要なプロジェクトをサポートする立場にある外部協力者が、情報を利用してしまったケースです。 (事例の概要) A社がC社を買収する取引のサポートを行っていたB社の従業員が、一般にはまだ知られていないA社によるC社株式の「公開買付け」の事実を知った後、それが公表される前に自己の資金でC社の株式を購入した。 上場会社や公開買付者の内部者だけでなく、取引先の役員や従業員なども、インサイダー取引規制の対象となることがあります。 ケース3:知人・家族による違反(第一次情報受領者) 会社関係者から未公表の重要事実を伝えられた第一次情報受領者が、損失を回避するために取引を行ったケースです。 (事例の概要) A社の従業員から、A社の業績が大幅に下方修正されるという情報を聞いた知人Bが、株価下落による損失を免れるため、その事実の公表前に保有するA社株式を売却した。 このように、不正に得た情報を利用して、損失を回避しようとする行為も規制の対象になります。「親切心で教えた」という場合でも、結果として相手を犯罪に巻き込むことになり得るうえに、情報を伝えた側も処罰されるおそれがあります。 インサイダー取引における個人と企業のリスク インサイダー取引の違法性が認められた場合、対象者には厳しい罰則が科せられます。これらは個人だけでなく、企業全体にも甚大な影響を及ぼすため、リスクの全容を正しく理解しておく必要があります。 個人:罰金(刑事罰)と課徴金 インサイダー取引を行った個人に対しては、5年以下の拘禁刑(旧:懲役)もしくは500万円以下の罰金が科され、または拘禁刑と罰金が併科されます。また、第一次情報受領者がインサイダー取引を行った場合には、未公表の重要事実や公開買付けに関する事実を伝えた者も同様に処罰されます。 さらに、インサイダー取引によって得た財産は、没収または追徴の対象となります。利益だけでなく、取得した株式等またはその代金の全部が没収または追徴されます。 刑事罰のほか、行政上の制裁として、違反行為によって得た経済的利益に相当する額の課徴金の納付も命じられます。 企業:より高額な罰金(刑事罰)と社会的制裁 会社の業務の一環としてインサイダー取引が行われた場合は、実行した個人だけでなく、会社に対しても5億円以下の罰金刑が科せられます。 また、報道によるブランドイメージの毀損、株主からの損害賠償請求、取引先からの契約解除など、幅広く悪影響が及んでしまうリスクもあります。一度失った信頼を回復するには、膨大な時間と労力が必要です。企業におけるコンプライアンスの徹底は、こうしたリスクを回避して資産や信頼を守るための「投資」であるともいえます。 インサイダー取引の「社員教育」チェックポイント インサイダー取引によるトラブルを防ぐために大切なのは、「ビジネスの現場で何がリスクになるのか」について従業員がしっかり知ること、そしてその重みについて日々考えることのできる環境を作っていくことです。まずは職場の「認識」を変えていくことから始めましょう。大切な部下や仲間を守るために、マネージャーなどの管理職が点検すべきポイントをまとめました。 「自分には関係ない」というマインドを払拭できているか? 「株取引をやらないから大丈夫」ではなく、自分たちが重要情報を預かる立場であるということの認識、全員が加害者になり得るというマインドセットが必要です。 非上場企業の従業員でも、取引先の上場会社の「会社関係者」として、インサイダー取引規制の対象になり得る事実を繰り返し伝えましょう。 重要情報の「保管・管理」は徹底されているか? 机の上に置かれた企画書、パソコンのロック漏れ、エレベーター内での会話など、こういった「うっかり」には注意が必要です。悪気はなくとも、意図しない情報漏えいを招き、知らぬ間に誰かをインサイダー取引に誘い込むリスクとなります。機密情報の保管や管理が徹底されているかどうか、日々の行動から見直してみましょう。 自社株売買の「社内ルール」を周知徹底しているか? 役員や従業員による自社株の売買は、インサイダー取引のリスクが高い場面です。厳格なルールや手続きを設け、自社株の売買に伴うインサイダー取引の発生を未然に防ぎましょう。 自社株の売買に関するルールや手続きを定めている場合でも、その内容について、個々の従業員が即座に、かつ正確に答えられる状態にあるでしょうか。「不知」や「勘違い」も、インサイダー取引の原因になり得ることに注意を要します。 こうした「うっかり」による違反であっても、企業の社会的信用が毀損されたりや、本人や企業に対して重い罰則が科されたりするおそれがあります。マネージャーなどの管理職は、自社株の売買に関するルールや手続きの存在を折に触れて発信し、個々の従業員にまで浸透させておく必要があります。 従業員が相談しやすい環境を作っているか? インサイダー取引の判断には、時に専門的な解釈が必要な「グレーゾーン」が存在します。従業員が違法性について少しでも迷ったとき、その不安を一人で抱え込ませないことが重要です。迷いが生じた瞬間に、すぐさま上司やコンプライアンス担当部署へ声を上げられる風通しの良さが、組織づくりにおいて最重要課題とも考えられます。 また、「風通しの良い職場」は、一朝一夕でつくり上げることはできません。日頃から職場における「心理的安全性」を確保しておくことが欠かせないのです。 「こんなことを聞いてもいいのだろうか」「無知だと思われないか」といった不安を取り除き、リスクに対する感度を高めるコミュニケーションを心掛けることが大切です。従業員が安心して相談できる環境が整っていれば、深刻な違反に発展する前に食い止めやすくなります。 部下にとっての「最初の相談窓口」として、マネージャーなどの管理職が機能することこそが、実効性のあるインサイダー対策の根幹といえるでしょう。 まとめ インサイダー取引の防止は、従業員個人の人生を守り、企業の社会的信用を維持するために不可欠な取り組みです。「知らなかった」では済まされない重大な違反を防ぐためには、日頃から情報の価値を正しく理解し、迷った際にすぐ相談できる「心理的安全性」の高い組織文化を醸成することが欠かせません。 インサイダー取引に関する社内教育を効率的に実施し、全社的なリスク感度を高めるには、eラーニングの活用が効果的です。サイバー大学の「Cloud Campusコンテンツパック100」には、コンプライアンスの基礎や違反事例、さらには職場に心理的安全性を醸成するための実践講座など、組織のリスク管理に必要なコンテンツが豊富に揃っています。 健全な組織運営を実現するためにも、ぜひご活用ください。 低コストで厳選コンテンツ見放題!Cloud Campusコンテンツパック100 サイバー大学の「Cloud Campusコンテンツパック100」は、コンプライアンスや情報セキュリティに関するコンテンツを含む、100以上のeラーニングコンテンツが見放題です。 ニーズの高い教材を厳選することで、1ID 年額999円(税抜)の低コストで100教材以上の教材を閲覧できます。 コース一覧の詳細はこちらでご確認いただけます。 >>「Cloud Campusコンテンツパック100」をチェックする 監修者情報 阿部 由羅(弁護士) ゆら総合法律事務所 代表弁護士 プロフィール 西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。ベンチャー企業のサポート・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。埼玉弁護士会所属。登録番号54491。各種Webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。東京大学法学部卒業・東京大学法科大学院修了。
サインイン
